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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1882号 判決

控訴人 清水正三

被控訴人 井上文五郎こと杉浦保吉

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、金五七一万五七六〇円及び内金五〇〇万円に対する昭和三五年八月二一日から、内金七一万五七六〇円に対する同年一〇月一日から、各支払済にいたるまで年六分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。

この判決は第二項に限り被控訴人において金一〇〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする旨の判決を求め、被控訴代理人は、本件訴訟を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、控訴代理人において、原判決摘示事実中控訴人の抗弁(二)(1) の特約は、昭和三五年六月控訴人と被控訴人の訴外会社に対する貸金に関する一切の権限の委任を受けていた代理人たる訴外堀川定勇との間に成立したものである。その内容は被控訴人は訴外会社の債務に対しては一切控訴人の責を問はぬことにあつた。仮に堀川が前記特約をしたことが被控訴人から授与された代理権の範囲を超えているとしても、控訴人には右堀川に代理権ありと信ずべき正当な理由があつた。すなわち被控訴人が訴外会社に資金を貸し付けたのはいずれも堀川を通じてであり、右貸金の督促及び支払のため被控訴人が受取つた手形の書替を請求したのも常に堀川であり、訴外会社の大口債権者の会合にも堀川は被控訴人の代理人として出席し発言していたものである。よつて、被控訴人は表見代理人堀川が控訴人との間になした右特約についてその責を負う。右の通り補充する。更に当審において次の新抗弁を提出する。(一)控訴人が本件各手形に裏書したのは右特約成立後であるが、これは控訴人と被控訴人との間には右特約がある上、従来からの慣例であるとの堀川の言を信じ、求められるままに裏書人として記名捺印することを承諾したのであるから右各裏書は、控訴人と被控訴人間の通謀虚偽表示であつて無効である。(二)控訴人は右各裏書の頃無一文に近い状態であつたもので控訴人が若し真実本件のような多額の手形金支払を担保すべきであるならば控訴人は右裏書を承諾しなかつたのであり、控訴人には右裏書の際に本件各手形の支払を担保する意思は全くなかつたのであるから、右裏書には要素に錯誤があり無効である。(三)控訴人は被控訴人代理人たる堀川に欺罔せられ錯誤に陥つて本件各手形の裏書をしたもので詐欺による意思表示であるから本訴(昭和四〇年八月三日の第九回口頭弁論期日)において被控訴人に対し右意思表示を取消す、欺罔の内容は堀川が被控訴人に対しては訴外会社の債務(本件各手形金債務を含む。)を追求しないことと、手形の裏書を求めるのはただ慣例によるもので手形金支払の担保のためでないことを控訴人に申し向けたことである。(四)本件手形中金八五万円のものは、訴外会社が昭和三五年八月一五日に被控訴人から金六〇万円を借用するに当り、右借用金六〇万円に別口の金五〇〇万円の手形の原因債権(貸金)に対する同年七月一五日から同年八月一五日まで一ケ月間月五分の利息を加算して手形金額を八五万円としたものである。元本が一〇〇万円以上の場合最高利率は年一割五分であるから、五〇〇万円に対する右利率による利息は六万二五〇〇円であつて、これと二五万円との差額(一八万七五〇〇円)の限度で右八五万円の手形の一部は無効である。と述べ、被控訴代理人において当審における控訴人の抗弁もすべて否認する。

本件の八五万円の手形は被控訴人が訴外会社に六五万円を貸付けたときのものであり、内金六五万円が右貸付元金で、残り二〇万円は別口貸金元金五〇〇万円に対する昭和三五年七月一五日より同年八月一五日まで一ケ月間の月四分の割合の利息である。と述べ、〈立証省略〉……外はいずれも原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

理由

本件の各争点本訴請求原因事実並に控訴人の抗弁についての当裁判所の判断及びその理由は、原判決事実摘示中控訴人の抗弁(二)(1) 及び当審における各新抗弁につき以下に述べる外はすべて原判決摘示理由と同一であるからここに右摘示を引用する。

控訴人は、被控訴人は本件各手形の振出人たる訴外会社に対し、大口の貸金債権を有し、昭和三五年六月に開かれた同会社の再建委員会の席上、右貸金につき一切の権限を訴外堀川定勇に委任したもので、右席上堀川は、被控訴人を代理し、控訴人が訴外会社の代表取締役に就任してくれれば、控訴人には将来は勿論既存の債務についても一切責任を負担させない旨言明したのであり、仮に堀川に右のような広汎な権限がなかつたとしても、被控訴人は堀川を通じて資金を貸付け、手形の書替を請求し、債権者会議に列席せしめたのであるから、代理権ありと信ずる正当の理由があり、よつて右事実を知りながら、または重大な過失によりこれを知らず訴外会社の既存債務支払のため振り出された本件手形を取得した被控訴人は本件各手形上の権利を主張しえないものである旨抗弁するから按ずるに、当審証人岡島米蔵の証言、原審及び当審における控訴本人尋問の結果中には一部右控訴人の抗弁事実に副う部分がないわけではないけれども、これらの証拠によつてもいまだ右抗弁事実を肯定するに至らず、却つて成立に争のない甲第三号証、原審証人村岡正也こと村岡政治、同北山正義、原審一部及び当審証人堀川定勇の各証言並びに原審及び当審における被控訴本人尋問の結果、当審における堀川定勇の証言により成立の認められる甲第六号証を綜合すれば、次の事実が認められ、原審証人堀川定勇の証言(一部)前記岡島米蔵の証言や控訴本人の供述は右認定と牴触する限度で信用し難い。すなわち訴外会社は昭和三五年四月五日訴外坂内虎雄、北山正義、田村天津男、石田恒夫、岡島米蔵らが役員となつて設立せられたものであるが、被控訴人は訴外堀川定勇の仲介により同年五、六月頃金二〇〇万円と金三〇〇万円を訴外会社に貸与し、当時の役員の個人保証のための裏書ある手形を取得していた。貸与金は、被控訴人から直接二〇〇万円の時は右石田と田村に、三〇〇万円の時は右北山と岡島に交付せられたものであつて、訴外堀川定勇が代理したものではない。右手形が何回か書替えられ且つ貸付金を合計して一通にせられたのが本件の額面五〇〇万円の手形であるが、その振出された同年八月一五日より以前に控訴人は訴外会社の代表取締役に就任していた。右本件手形についても被控訴人は、訴外会社役員の個人保証の意味で裏書を要求したのであつて、この要求に応じてなされたのが右本件手形の控訴人、北島正義、岡島米蔵らの各裏書である。額面八五万円の本件手形は、同年八月一五日被控訴人が堀川定勇を通じて訴外会社に金六五万円を貸与したときに振出されたもので、裏書事情は五〇〇万円の手形と同様である。昭和三五年六月頃ある料亭で訴外会社の再建会議に控訴人の外、北山、村岡、佐藤、石井、堀川らが集合したが、その席で議題になつたことは主として代表取締役坂内の辞任(昭和三五年六月二〇日)後は、控訴人がこれに代り会社の再建を図るというようなことであり、その際従前の債務の棚上げ今後の資金繰りの都合などに関し、北山が控訴人に対し自己が責任を以て一切これに当るから決して迷惑をかけない旨言明したことがあるに止り、堀川が被控訴人を代理して控訴人主張のような特約をした事実はなかつた。以上の通り認定することができる。してみれば控訴人主張のような特約の成立を認めることができないのであるからその右抗弁は、到底これを採用するに足りないことが明らかである。次に控訴人の当審における新抗弁(一)(二)(三)についても、これを確認するに足る証拠なく、却つて前認定のような事実関係の下においては、控訴人主張のような事実は否定するの外はなくこれらの抗弁も失当である。

最後に控訴人の当審における新抗弁(四)について判断するに、本件額面金八五万円の手形は前認定のとおり被控訴人が訴外会社に六五万円を現実に貸与したときに訴外会社が振出し、控訴人が裏書をしたものであることが認められるから、右手形金額の内少くとも金六五万円については同額の右消費貸借をその原因とするものであり、右消費貸借に控訴人は訴外会社の代表取締役として関与しており、右貸借を知つてその債務を保証する趣旨で個人資格で右手形の裏書をしたものと認められる。従つて控訴人と被控訴人の間では右保証が手形裏書の原因関係ということが出来る。控訴人はその際現実になされた右貸金は六〇万円であるというけれども措信しない原審証人堀川定勇の証言部分の他に、右認定をくつがえし控訴人主張を認めるに足る証拠はない。そして残額二〇万円(控訴人は右貸借を六〇万円と主張する関係上残額二五万円と主張するが残額二〇万円であることは右認定により計数上明かである)が前記五〇〇万円の手形の原因債権たる五〇〇万円の消費貸借上の元本債務に対する昭和三五年七月一五日から同年八月一五日まで一ケ月(三十二日)間の利息が加算されているものであることは当事者間に争がない。してみれば右八五万円の手形は特段の事情のない限り現実になされた六五万円の消費貸借上の元金債務と右別口五〇〇万円に対する右期間の利息債務二〇万円の支払担保のために右振出裏書がなされたものと解するを相当とする。そして右二〇万円の利息が月四分の利率で計上されていること計数上明かであり、右は明かに利息制限法第一条第一項の所定の利率をこえるものであるから、たとえ当事者間において右額の利息の支払について合意のあるものとしてもその超過部分は無効といわねばならない。そして同法所定の利息は元金五〇〇万円に対しては年一割五分であるから右期間の利息を同法所定の右制限範囲にひきなおすと日歩四銭一厘一毛日数三十二日でその合計額は六万五七六〇円となる。そうするとその超過部分(二〇万円より六万五七六〇円を差引いたもの)金一三万四二四〇円については原因債権(利息)が不存在であるから控訴人は被控訴人に対しこれを以て対抗しうるものといわねばならぬ。けだし、手形金の内二〇万円の原因債務たる利息についても振出人たる訴外会社が主債務者(借主)であり、控訴人は訴外会社振出の右約束手形にその代表取締役が個人として同時に裏書をしたものであるから控訴人は右原因関係上の債務について保証したものと認められる。そこで控訴人は被控訴人に対する右裏書の原因関係たる保証の従属性からくる抗弁すなわち主債務の不成立を直接その債権者たる被控訴人(被裏書人、所持人)に対抗しうるものといわねばならない。してみれば控訴人の右抗弁は右認容の限度において理由あるが、右をこえる範囲においては失当として排斥を免れない。

してみれば、控訴人は被控訴人に対し、結局(イ)の手形金五〇〇万円及びこれに対する昭和三五年八月二一日より(ロ)の手形金八五万円中右一三万四二四〇円を控除した七一万五七六〇円及びこれに対する同年一〇月一日より、各支払済にいたるまで年六分の割合による金員の支払義務あるべく、被控訴人の本訴請求は右限度において正当として認容すべく、その余の部分は棄却を免れない。してみればこれと趣旨を異にし、右棄却すべきものまでも認容した原判決は相当でないから民事訴訟法第三八六条により主文のとおりこれを変更し、訴訟費用については同法第九六条、九二条但書、第八九条仮執行の宣告について同法第一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 宅間達彦 増田幸次郎 島崎三郎)

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